定説に侵される

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これを読みました。

できる人は超短眠!
できる人は超短眠!

ちょっとショートスリーパーになってみようと思いまして。

本の内容としては「いかに睡眠が身体に悪いのか」ということが前半に書いてあり,後半はショートスリーパー(短眠者)になるための具体的な内容が書かれています。

 

ここで短眠についての是非を語るつもりではなく,この本にこんなことが書いてありました。

 

「短眠をしていることは,できるだけ第三者に伝えない」

 

どういうことかというと,短眠をしていることを誰かに言うと,すでに睡眠の定説について,信じて疑わない方々から必ず否定されるからだと言うことです。

こちらは信念を持って,短眠を勉強して,自分で実践しているにもかかわらず,何も勉強もしていないただ定説を信じているだけの人に否定され,数の暴力でそちらに流されてしまうからだそうです。

また仕事でミスをしたりしたら,「寝てないからじゃないの?」と,そうでなくても言われてしまうからだと言います。

僕個人的には,こうやって否定する人になりたくないから,自分を実験台にして生きてきてます(だから僕が否定していることは,決して空想で否定しているわけではない)。

 

だいたい僕は「否定される側の人間」だったからこの話はよくわかります。

naoさんが友達とかと話してて,旦那の話になって,奥さんの立場とか振る舞い方とか,たぶん聞いてくるんでしょう。それを僕に話してきますけど,たいていそれって「サラリーマンの奥さん」の立場の話で,naoさんにはほぼ関係ないことです。なぜならnaoさんは「個人事業主の奥さん」だからです。

※決して上下があるとかそういう話ではありません。念のため。

 

例えば,「アスリートの奥さんは,どういう奥さんでいるべきか」という問いに,サラリーマンの奥さんは口を出すべきではありません。絶対にわかりません。

アスリートのストイックさは,ほとんどの人が真似できません。で,人は自分ができないことは「やりすぎ」とか言って否定したがります。

そして,意味不明に自分の体験談とか語り出します。もうズレまくってます。

 

でも人って,いろんな人から定説みたいなことを言われると,そっちに侵されてしまいます。そこまで強い人もなかなかいないのです。

ダンスを教えてても思いますが,みんな当然のように中学校に入ると,部活に入り,ダンスをやめ,受験に入るとダンスをやめ。

もちろんそれを否定はしませんが,頭の隅には「このままダンスを続けてもな」という感情がないわけではないと思います。

ポジティブな動機(どうしてもダンス以外にやりたいことがある)でやめるのは,全然問題ないのですが,ネガティブな理由でやめていく人を見ると,いつもそんなことを考えてしまいます。

 

もっといろんな方向性を目指す人がいてもいいと思うんですけど,「とりあえず高校は行かなきゃ」とか「大学行って就職」という「定説」にはやっぱり敵わないですね。

本人がそうやって自分で進むなら何も問題ないのですが,親とか先生がその定説を押し付けていたら…うーん,まあ難しい問題ですね。

 

もちろん定説は生きやすいです。定説から外れることは,たぶん今までに経験したことがないような努力が必要なのでそれに耐えられない人もいます。

なので,無理な人は仕方がないのですが,「あ〜この子いけるのにな」と思う子も「定説」に流されていくのを見ると複雑な感情になってしまいますね。

 

だからね,本当に好きなことをやらせてもらってるって,本当に幸せなことですよ。その幸せの中にいるから気付かないと思いますけど,いったん翼がもがれると,いかに自分が自由に飛ばしてもらっていたのかもわかってきます。

 

とりあえず僕は,「睡眠が身体に良い」という定説を疑ってみて,短眠に挑戦してみたいと思います。

 

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