考察

まず目的を決めてから,手段を選ぶ

知り合いの家族の話なんですが,「体罰は絶対にしない」という方針で育てていたそうなんですね。

で,この間会ったんですけど,そのお母さんに育てられた男の子がけっこう口が悪く,弟とかにも暴力普通にふるってたんですよ。

そこで,そのお母さん,怒鳴って叱ってたんです。

その様子を見ていて,「なんかもうむちゃくちゃだな」と思ってました。

 

そもそも,なんで体罰ってしちゃいけないんですか?

感情抜きで論理的に考えたことあります?

実際,統計だと「体罰を受けた経験がある人は人と仲良くできる」,「犯罪者の多くは,子供の頃に体罰などを受けたことがない」というデータはけっこうあるんです。

単純に「痛みを知っている」人は人と仲良くでき,「痛みを知らない」人は,相手の痛みがわからないんです。

(身体の痛みと心の痛みも繋がっていますから。)

 

以前にもちょっと体罰の話を書いたことがあります(消えましたけど)。

体罰の話は,ちょっと慎重にならないといけない雰囲気です。書き出すとけっこう長くなると思います。

今回言いたいことは「体罰なしで育てる」とかを考えるんじゃなくて「どういう子に育って欲しいか」と考えることの方がはるかに重要だということです。

 

「体罰なしで育てる」という視点は,親の個人的な好みの視点です。

一方,「こういう子に育って欲しい」という願いは,子供目線です。

仮に,「こういう子に育って欲しい」という願いには「体罰」が必要だったらどうしますか?

 

決して「体罰が必要」と言ってるわけではないですよ。

目的と手段を履き違えているという話です。

まずは「目的=ゴール」を決めるんです。で,ゴールするために「手段を選ぶ」のです。例えそれがイバラの道でも,です。

そして,自分のやってる手段が,きちんとゴールに向かっているか,常にチェックするんです。

 

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