考察

「他者に合わせる」という感覚


これ意味分かりますか?

習い事の仕事なんかしてると「美術館はもっとカジュアルに、子連れにも寛容に」みたいな考えしてる家庭はけっこう多いなと感じています。

要するに「他者(美術館)に,自分たちに合わせてもらう」という考えを平気でしてしまう人たち。

 

うーん,苦手。そういう人たちすごく苦手。

 

「子供だから仕方がない」という考えをいつまでも捨てきれず,「私たちは変わるつもりなんかないから,そっちが私たちに合わせて〜」みたいな感じ。

まあこんなことを口に出して言う人はいないし,そういうふうに意識的に考えてる人もいないだろうけど,地の性格レベルでそういう行動をしている人たちはいます。

 

「美術館はもっとカジュアルに、子連れにも寛容に」みたいなところがあっても良いとは思うんです。

だめなのはそこが常識だと思って,本格的な(?)美術館にも背伸びすることなく,ありのままの自分で行ってしまうこと。

その場所にふさわしい自分を振る舞えない人。

 

もし「成長した自分」を手に入れたい人は,「他者に合わせる」という感覚を(最初は)持った方が良いと思います。

そうすれば「成長した自分」に他者が合わせてくれるようになります。

残念なのは「成長する気がない自分」に他者に合わせてもらおうとしていること。