考察

家で練習しないといけませんか?

今日は「習い事は家で練習しないといけないのか?」ということについて書きます。

 

キッズとかジュニアの子が入会するときに,保護者のお母さんからこう言われたことがあります。

「家で練習しないといけませんか?」

どうも習い事は家で練習してくるのが当たり前という情報を仕入れていたみたいで,入会希望の子供がそれがネックだったそうなんですね。

 

僕は「別に必須ではありませんよ」と言いました。だって本当に必須ではないから。

センスがよい子はそのクラス中に振付は覚えるし,今までもそういう子はたくさんいました。

でも残念ながらその子はそうではなく,ほぼついてこれない子でした。

ふつう,できないと思ったらさすがに練習はしてくると思ったんですけど,どうやら練習してきている様子はなく,次のレッスンも前のことをまったく覚えてなく,それでもレッスンは進むからどんどんできなくなっていきます。

それでもイベントとかには出たいみたいで,でも振付覚えられなくて,相談に来たこととかあるんですけど,「練習するしかないですね」と言うしかないじゃないですか。

 

たぶん僕が「別に必須ではありませんよ」と言ったのが,フィルターを通して「練習しなくてもいいよ。」に都合よく変換されていたのだと思います。

「必須ではない」ですから,必要ならしなくてはいけないのは当たり前だと思うのですが,そうじゃない人もいるんですよね。

 

「人の言うことを素直に聞けない」というのはこういうことで,だいたい人の耳にはフィルターがかかっていますね。これは本当に10年間いろんな人と関わってきて痛感しています。

提供する側はほんとうに事細かく説明してあげないとダメな時代なんだと思いましたね。

 

習い事をやめる理由の1つに「ついていけないから」というのがあります。

エルンフォでも過去,ついてこれなかった人はたくさんいたんですけど,それでもその中で続いた人と消えていった人と2つに分かれます。

続いた人は「ついていけないから家で練習してきた」,もしくは「ついていけなくても諦めなかった」人たちであり,消えていった人は「ついていけないけど,それでも練習しなかった=自分の行動を変えなかった」人たちなだけです。

 

最近はこの「できなかったら練習するのが当たり前」という考えが「センス」とか「才能」なのかなとも思っています。そして,それは保護者の方の影響はけっこうあるのではと思っています。

保護者の方が「なにか上達するには練習するのが当たり前」という考えを持っているかどうかで,その子の練習に対する概念はかなり変わると思います。

 

どうも世の中には魔法があると思っている人が多くて,「楽してなにかを手に入れることができる」と思っている人がたくさんいます。

だからこそ「○○だけダイエット」とかいうノウハウが瞬間風速的に流行っては消えていきますが,そういうことでも魔法の存在を信じている人がたくさんいることがわかりますよね。

子供だったらよいんですけど,大人でそういう考えが強い人はね…

 

あとね,魔法があると思っている人は,ようするに面倒に感じられる正攻法を嫌うってことだと思うんですけど,正攻法を面倒って思ってる時点で「あぁこの人本当に今まで行動してこなかったんだな」ってわかります。

だってやってみるとたいしたことないことないんですよ。勉強だって1日5分を続けていけば学年トップとか余裕でなれると思いますよ。

でもやったことないから「1日5分で学年トップになれるわけない。それよりも上手い方法があるはずだ。」とか意味不明は思考に発展してしまうんですよね。

 

自分の人生を変えてきた人はいつだって「自分の行動を変えてきた人」であり,行動を変えず,他人のせいにして文句ばっかり言ってる人は何度も同じことを繰り返すでしょう。成長してないんですから。

どっちがよいですかね?諦めて適切な努力を積み重ねていくか,それでもありもしない魔法の杖を探し続けるノウハウコレクターになるか。